2015年12月22日

『杉原千畝』見た!!

<杉原千畝>
画像
ミッドランドスクエアシネマレイトショー『杉原千畝』を見た!!

杉原千畝

内容は(ちょっと長いけど)、

1934年、満洲。満洲国外交部で働く杉原千畝(唐沢寿明)は、堪能なロシア語と独自の諜報網を駆使し、ソ連から北満鉄道の経営権を買い取る交渉を有利に進めるための情報を集めていた。翌年、千畝の収集した情報のおかげで北満鉄道譲渡交渉は、当初のソ連の要求額6億2千5百万円から1億4千万円まで引き下げさせることに成功した。しかし、情報収集のための協力要請をしていた関東軍の裏切りにより、ともに諜報活動を行っていた仲間たちを失い、千畝は失意のうちに日本へ帰国する。

満洲から帰国後、外務省で働いていた千畝は、友人の妹であった幸子(小雪)と出会い、結婚。そして、念願の在モスクワ日本大使館への赴任をまぢかに控えていた。ところが、ソ連は千畝に【ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)】を発動。北満鉄道譲渡交渉の際、千畝のインテリジェンス・オフィサーとしての能力の高さを知ったソ連が警戒し、千畝の入国を拒否したのだ。

1939年、リトアニア・カウナス。外務省は、混迷を極めるヨーロッパ情勢を知る上で最適の地、リトアニアに領事館を開設し、その責任者となることを千畝に命じた。そこで千畝は新たな相棒ペシュと一大諜報網を構築し、ヨーロッパ情勢を分析して日本に発信し続けていた。やがてドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発すると、ナチスに迫害され国を追われた多くのユダヤ難民が、カウナスの日本領事館へヴィザを求めてやって来た。必死に助けを乞う難民たちの数は日に日に増していく。日本政府からの了承が取れないまま、千畝は自らの危険を顧みず、独断で難民たちに日本通過ヴィザを発給することを決断する(公式HP引用)―って話。

こののことは、18年前バルト三国一国リトアニアに行ったガイドブックではじめて知った。

日本からこんなに離れた国に日本人が関係しとるとは!?、と思ったけど、まあ、ふ〜〜ん、て感じだった。

それからちょくちょく名前を聞くようになったがする。

まあこの映画内容は、上記の通りなんだけど・・・この人が実際スパイ行為をしとったかどうかは、本当かどうかわからないんだって。

ネットに書いてあったから、その情報自体あっとるかどうかわからんけど。

さて、レビューに何人かの人が書いとるけど、私もこの映画を見て違和感を感じた。

日本国内焦土となり国民がたくさん犠牲になっとるリトアニアではなんだか知らんけど華やかなパーティが開かれとったりして、振袖(振袖だったかな?)着て踊っとったり・・・えっらいのんきなもんだな、と思った。

昭和18年とか19年に、本当にあんなことしとったのかな!?


戦時中外交官はいろんなとこに散らばって、そんなことしとったのか・・・。・・・

査証発行場面のんきな感じだったし。

実際は夜も寝ずに発行しとったらしいんだけど、この映画を見ると誤解されるかもね。

そんなわけで、この人の功績唐沢寿明演技ほぼ満点だけど、映画的には83点くらい。

数年前に何かのテレビ番組で、この”命のビザ”についてはJTB関係しとることを聞いたのに、「JTB社員がなかなか出てこんな〜」「いったいいつ出てくるんだ!?と思っとったら、最後最後だったわ。

JTBってそんなからあったんだね・・・


そうそう!!

どうしてユダヤ人が嫌われていたか!?

商売が上手過ぎたから??

ちょっとだけわかったようなわからんような・・・

以上


posted by RACO at 23:46| 愛知 ☀| Comment(0) | エンターテイメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:




ブックオフオンライン