2017年10月24日

『エルネスト もう一人のゲバラ』見た!!

<エルネスト>
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何年か前オダギリジョーが出てた外国で作られたのか外国共同制作なのか、なんだかわからんけど『〜なんとか〜マイル』とかいう映画を見逃したので、今度こそは絶対見よう!!伏見ミリオン座へ。

ミリオン3でイヤだったんだけど。

※ミリオン3:一番小さい劇場。混んどると最悪。

エルネスト もう一人のゲバラ

内容は、

1959年7月24日、外務省の中南米課のもとに1本の電話が入る。日本を訪問していた“エルネスト”・チェ・ゲバラ(ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ)らが急遽、広島へ向かったという。ほとんどの記者が興味を示さずにいたが、唯一地元の中国新聞社・森記者(永山絢斗)だけが取材に同行。ゲバラは、原爆ドームや原爆資料館などを訪れ、こう感想を述べるのだった。「君たちは、アメリカにこんなひどい目に遭わされて、どうして怒らないんだ」と。

それから数年後の1962年4月、ひとりの日系人青年がキューバの地に立っていた。愛する祖国ボリビアのため、医者になることを決意し、ハバナ大学の医学部を目指してやってきたフレディ前村(オダギリジョー)である。

20歳の彼は、ハバナ大への入学を前に、最高指導者フィデル・カストロ(ロベルト・エスピノサ)によって創立されたヒロン浜勝利医学校で、医学の予備過程を学ぶこととなる。

1963年の元旦に憧れのゲバラが学校にやってきて、フレディは個人的に話しかけた。「あなたの絶対的自信はどこから?」。ゲバラは答えた。「自信とかではなく怒っているんだ、いつも。怒りは、憎しみとは違う。憎しみから始まる戦いは勝てない」。そんな矢先、母国ボリビアで軍事クーデターが起こり、フレディは『革命支援隊』に加わることを決意する。ある日、司令官室に呼ばれ、ゲバラから戦地での戦士ネームである、“エルネスト・メディコ”という名を授けられ、ボリビアでの戦いへと向かうのだった……。(公式HP引用)―って

「こんな所に日本人」みたいな宣伝文句だったので見たけど、まあ日本人ていうよりは、ほとんど”ボリビア人”だわね。

日系人てだけで。

あらすじにも書いてあるけど。

こう、なんていうか、留学しくみとか面白かったけど、最期があっさりし過ぎ。

どんでん返すのかと思ったら・・・

終わってしまった・・・

妬み・嫉みは怖い。

可愛がっとった近所だったのに・・・。・・・


まあ、80点!!

「祖国のため」って立派だけど、ルイサのことは中途半端だし。

力になるなら責任もって最後まで、って思わん

経済的援助までしとったのに、突然いなくなったらどうなっちゃうの

と、思った。

お母さんも気の毒だし。

それから、ゲバラ「君たちは、アメリカにこんなひどい目に遭わされて、どうして怒らないんだ」ってセリフ、なんかに残った。

それにしても、オダギリジョーはすごい。

スペイン語もしゃべっとったよ!!


【追記】

『〜マイル』じゃなくて、『マイウェイ12,000キロの真実』(2012年)でした。


posted by RACO at 23:28| 愛知 ☔| Comment(0) | エンターテイメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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